2015年8月9日「救い主を見る幸い」（ルカ2章22-40節）
２９節「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり この僕を安らかに去らせてくださいます」。シメオンのこの言葉にはとても心惹かれます。「去る」はここではまず死を意味します。シメオンは老年だったとよく言われます。この言葉やここに登場するアンナが高齢であったことからそう考えるのが自然なのでしょう。けれども聖書にはシメオンが高齢であったとは書いてありませんから、彼を老年と断定することはできません。年齢に関係なく、どの年代の人も、いつ世を去ることになっても安らかに去ることができるような生き方をしているか、ということを考えさせられます。
イエス様に出会うまでのシメオンの人生はとても緊張したものでした。イスラエルの慰められるのを待ち望んでいたシメオンでしたが、救い主に会うまでは決して死なないと神様から告げられていました。ですから救い主が現れた時にうっかり見逃してしまわないように、絶えず信仰の目を開いていなければなりません。シメオンは救い主にお会いして確かな慰めをいただいてはじめて自分の使命を終えることが出来るのです。幸いなことに彼は聖霊に導かれて幼子のイエス様が救い主だと分かり、お会いすることが出来ました。シメオンは使命を果たしたことを喜び、イエス様を腕に抱き、神様をたたえて冒頭の２９節の言葉を語りました。私たちの人生も丁度そのように真実な慰めを待ち望みつつ、救い主イエス・キリストに出会って初めて深い慰めと平安を得ることが出来ます。
私たちが実際に人生を終えるとき、何によって安らかに去ることが出来るでしょうか。やりたいことを十分にやれた、仕事で成功した、そうした満足感を得なければならないとしたら、いったいどれほどの人がその願いを叶えることが出来るでしょうか。実際にはやりかけたことが残っていたり、思うようにできなかったり、自分がいなくなったらこの人はどうなるのだろうと心配しながら、人生を終えることも十分あり得るのです。そのような私たちにとって、真実に安らかに去らせて下さるのは神様だけです。イエス様と出会い、このお方に愛され支えられ導かれて生きた、その時初めて私たちはシメオンが語ったこの言葉を、自分の人生を物語る言葉として語ることが出来るのです。
これはかけがえのないものをいただいた、ということだけではありません。普段から神様に祈り、そのときそのときに神様の導きをいただきながら生きることでもあります。私たちが「去る」時は、死の時だけではありません。学校を卒業するとき、職場を去る時、変わるとき、引っ越しの時、誰かとの関わりを終えるとき、そうしたさまざまな人生の場面で私たちは「去る」ことを経験します。そのときに「今こそあなたは安らかに去らせてくださいます」と神様に言うことができることはまことに幸いなことです。いつも祈りながら、自分がしていることについてどこまで関わるべきか、あるいはいつが去るべき時かいうことを、神様に導かれながら歩む生活、それがシメオンと同じく「主よ、今こそ僕を安らかに去らせてくださいます」と感謝できる人生です。
さて、幼子イエスとマリア、ヨセフを祝福したシメオンは、不思議なことを語りました。「この子はイスラエルの多くの人を倒したり立ち上がらせたりするためにと定められ」ている。イエス様が歩まれ通って行かれる。するとそこにいる人たちは、このお方を受け入れるか受け入れないかで立つか倒れるかが分かれてしまうということです。イエス様が来られたことによって「多くの人の心にある思いがあらわに」されます。ルカ福音書２３章３５節には、十字架上のイエス様に人々が浴びせた言葉が記されています。「他人を救ったのだ。もし神からのメシアで、選ばれた者なら、自分を救うがよい」。この言葉には、「多くの人の心にある思い」が非常にはっきりと現れています。多くの人が望む救い主は、十字架から奇跡的な力で降りてみせる救い主です。力を振るって敵を駆逐し、栄華と繁栄をもたらす救い主です。十字架にかけられて死んでしまうような者を救い主と認めることはできないのです。人々が見ている「救い」は、「死」から離れたところにある救いです。「死」を見たくないからです。けれどもイエス様の救いは十字架の「死」からの復活です。イエス様は私たちが逃れることができないにもかかわらず、直視することが出来ない「死」を背負って下さいました。だからイエス様こそが私たちを「安らかに去らせて下さる」救い主です。
シメオンは神様から「主が遣わすメシアに会うまでは決して死なない」と告げられていました。「メシアに会う」は原文では「メシアを見る」、「死なない」は原文では「死を見ない」です。メシア（救い主）を「見る」ことと死を「見る」こととが並べられています。イエス様が来て下さり、十字架で死んでよみがえってくださったから、私たちは「主が安らかに去らせてくださる」、そういって死を見ることができるようにされます。ここに神様がわたしたちに与えて下さった慰めがあります。
「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり この僕を安らかに去らせてくださいます。わたしはこの目であなたの救いを見たからです」。