2018年5月6日「闇が力をふるうときに」（ルカ22章47-53節）
この箇所はイエス様が捕らえられる場面です。イエス様が弟子たちに、誘惑に陥らないように目を覚まして祈っているようにと、まだ話しておられるときに、ユダの手引きでやって来た群衆が現れました。
ユダは最後の食卓には一緒にいましたから、イエス様がいつもの場所で祈っておられる間に、群衆を手引きしてやってきたことが分かります。４８節の「裏切る」は、「引き渡す」という意味の言葉です。この言葉はⅠコリント１１章２３節「主イエスは、引き渡される夜」で「引き渡される」と訳されています。裏切ることが何をすることなのか、ユダがしたことが具体的に分かります。彼はイエス様を、主を憎み殺そうとしている人たちに引き渡したのです。自分に愛と信頼を注いでくださったイエス様に対して、ユダは愛と信頼の挨拶である接吻をもって死に引き渡すという形で答えたのです。
イエス様は「闇が力を振るっている」（５３節）と言われました。その闇がここに姿をはっきり現しています。イエス様が弟子たちと共に過ごしつつ、いよいよ十字架におかかりになるときにはっきり語られた闇、その闇を、主イエスご自身はずっと見て来られました。主はこれまでに、弟子たちを召し、神の言葉を語り、奇跡を見せ、ご自身が神の御子、救い主であられることをお示しになりました。弟子たちに愛を注ぎ、訓練し、育てて来たのです。しかしその中でも特に身近にいた１２弟子の一人が、イエス様を憎み殺そうとする人たちに主を引き渡す、そのための手引きをし、愛と信頼のしるしを利用して陥れるのです。こういうことは日常の人間関係の中でも起こりうることではないでしょうか。愛し、信頼しているようでありながらその内実はそうではなくなっていること、あるいは何かのきっかけでそれが表面に現れ、場合によっては相手を裏切り陥れることさえ起こり得るのです。夫婦の間で、親子・兄弟の間、あるいは仕事関係で。そういう人間の闇をイエス様はずっと見つめておられます。そしてご自身がその悲しみを、弟子たちによって受けておられるのです。このとき弟子たちの中にあったものは、この緊迫した状況の中で、誰が一番偉いかを議論し、祈ることができずに眠り込んでしまい、ここでは剣を振り回し、そして主が捕らえられたときには逃げてしまう弟子たち、イエス様と「一緒にいた」と言われてこわくなってイエスを知らないと言ってしまう心です。そしてそのような弟子たちの中にあったのは、不安・恐れです。こわいから「自分はあなたと御一緒なら、と強がりを言い、剣を振り回すのです。それは主を捕らえに来た人々も同じでした。群衆がこわくて昼間神殿の境内ではイエスを捕らえられないから夜、イエス様と弟子たちだけのところに大勢で、しかも剣や棒で武装してやってきたのです。人間が抱える不安・恐れがここにもあります。
そのようにして現れる人間の闇をみつめつつ、イエス様はその闇の中に武力を用いずに入って行かれるのです。イエスに接吻しようと近づいたユダを「ユダ、あなたは接吻で人の子を裏切るのか」と言ってその動きを止め、そして剣を振りかざす弟子をやめさせ、相手のけがを癒し、そのまま捕えられていきました。父の御心がご自身の十字架にあることを受け止め、その道を、何も持たずに歩いて行かれる確かな決意がここにあります。この場の主導権を握っているのは、手引きしたユダでも、圧倒的な力で押し寄せて来た祭司長、神殿守衛長、長老たち、一緒にいた群衆でもありません。主導権をもっておられるのはここで抵抗せずに捕えられていく主イエス・キリストです。「やめなさい。もうそれでよい」は、切りかかった人を止める言葉です。同時にご自身を捕らえに来た人たちについて「今はさせておきなさい」と言われたという意味をも読み取ることができます。イエス様の十字架は神の御心であり、イエス様はその御心を行っているのであって、ユダも、弟子たちも、捕えに来た人たちも、その神の御計画を実現する上での役割を担う結果になっているにすぎません。彼らの意志が主ではないのです。そのようにして私たち人間が抱えている闇を、主イエス・キリストご自身が、ご自分のこととして引き受けてくださるのです。人間の闇の奥にあるのは恐れです。その恐れは結局死への恐れです。死を前にしても自分を支え、確かな安らぎを与える拠り所となる神がいない、それが恐れを引き起こす死の正体です。その恐れがあるから人間の力、剣の力で埋め合わせようとします。そして傷つけあい、殺し合うのです。せっかく神を知っていても、サタンによってふるいにかけられ、神を信頼して祈り続けることができず、不安になって眠ってしまう不信仰もそこにつながっていきます。そこでは本当の希望を持つことができないのです。その只中に歩みを進める主の決意がここから伝わってきます。
イエス様は私たちの死を、ご自分のこととして引き受けて死んでくださいました。キリストの死によって、私たちは確かな支え、拠り所となる神様を与えられるのです。失う恐れはなくなります。なぜなら神の御子主イエス・キリストが私たちと共にいてくださるからです。確かな支えとなる神様を失うことはないからです。だからどんなに不安な中でも、恐れを感じるような中でも、望みを失うことはありません。一番根っこの所で、恐れから解放されるのです。だから祈り続けることができます。私たちの死は、主イエス・キリストが御自身の死をもって滅ぼしてくださったからです。信仰の戦いに疲れて望みを見失うときにも、私たちは滅びとしての死から救われているのです。主がその死を死んで、よみがえられたからです。私たちの「死をご自分の死と復活によって滅ぼしてくださったからです。
闇の支配は永遠に続くものではありません。「今は」闇が力を振るっています。一切は主の御手の中にあり、最後はサタンの闇の支配は滅ぼされます。だから今、闇の支配に捕らえられているかのようなところを歩いていても、ふるいにかけられ、ゆさぶられ、それに振り回されているようなときも、私たちは主の愛の御支配の中にいます。私たちの信仰生活は苦難や闇がないことによって成り立つのではなく、苦難や闇の中を、神と共に生きることによって成り立つのです。イエス様が闇の支配をご自分の身に引き受けてくださったから決して望みがなくなることはありません。死のとげは取り去られたからです。この確信と望みに支えられながら、この一週間も歩んでいきましょう。